« 芸南再現PJ 横蕗駅&阿賀北駅 | トップページ | 芸急ワールド 現実との違い その1 »

2010/05/19

芸南再現PJ 朝陽町駅&楓町駅&呉崎駅

線路は呉崎市街地に入ります。

Image

芸急本線沿いに「朝陽町駅」、それから1101メートル進むと「楓町駅」。さらに、楓町駅から分岐して南西に893メートル進んだところが「呉崎駅」。

まず朝陽町ですが、実際は朝日町。ここは明治中期以降一大遊郭地として栄えた場所で、町名は1896(明治29)年に設立された共同遊郭地「朝日廓」に由来するとのことです。1935(昭和10)年には46軒の遊郭に650名の娼妓を抱え、「呉花街案内」なる史料によると、規模も豪壮で県下のみならず関西一と称されていたとか。

Photo

東洋一の軍港という特殊な条件が大きく影響していると言えるでしょう。

「楓町」は本シリーズではおなじみの架空の町。もうすっかり定着した感がありますね(どこが…)。ちょうど呉市営テニスコートのあたりになります。昔は北迫町と呼ばれていまして、広島の指定暴力団「共政会」の母体・山村組の山村辰雄組長宅がありました。年号が平成に変わる前後まで、奥さんが一人住まいをされていたようです。

Photo_2

実際には住宅地の趣きの濃い場所ですが、この世界では完全に繁華街化させています。

最後は、芸急本線からは外れますが、楓町駅から分岐してしまなみ線(旧工廠線)で一つめの呉崎駅。

Photo_8

JR呉崎駅に隣接しており、言うまでもなく芸急とJRとの乗換駅です。

ところで、この世界の設定では、芸南急行電鉄は海軍工廠の工員輸送を目的として、1900(明治33)年に朝陽町駅-工廠北門駅間3.1キロで旅客営業運転を開始したのが創業とされていますが、その時点の線路配置はこのような具合でありました。

Photo_5

その後、海岸沿いに敷設された官鉄(JR)呉崎線とは別に、山沿いを走破して広島と呉崎を連絡する必要(そんなのあるか?)や、海軍が築造を進めていた本庄水源地の工事資材輸送の任を担う鉄道の要望が高まったことから、海軍の援助のもと、芸急が呉崎市街から武山(焼山)・熊野方面に向かう鉄道を整備しました。

その際、分岐駅として楓町駅を新設、蔵本通駅を廃止すると同時に線路配置を下図のように改めたものです。

Photo_7

これは、仁潟・工廠いずれの方面へも広島方面からの直通運転を行うことをにらんだ措置でした。

その結果、しまなみ線の楓町-呉崎間に曲線半径194メートルという急カーブができてしまったのは仕方ありませんね。まあ、楓町駅には全列車が停車する設定だし、十分速度を落として通過するしかないかと。

« 芸南再現PJ 横蕗駅&阿賀北駅 | トップページ | 芸急ワールド 現実との違い その1 »

シムシティ4(架空鉄道)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/92467/48400128

この記事へのトラックバック一覧です: 芸南再現PJ 朝陽町駅&楓町駅&呉崎駅:

« 芸南再現PJ 横蕗駅&阿賀北駅 | トップページ | 芸急ワールド 現実との違い その1 »

最近のトラックバック

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31