« 日本軍 欧州を西進 | トップページ | 扶桑、撃沈さる! »

2008/12/14

西部戦線 異常なし

9月20日:第22歩兵軍団がオーフスに到着。
9月20日:第27工兵軍団がユトレヒトに到着。
9月20日:第31山岳兵軍団がアルロンに到着。
9月20日:第10山岳兵軍団がメスに到着。
9月20日:第26工兵軍団がオーゼンセに到着。
9月20日:第2軍司令部がリエージュに到着。
9月21日:第40歩兵軍団がショーモンに到着。

9月22日:イギリスで “大臣の逝去” が発生。

キングズレー・ウッドなる人物らしいが、詳細不明。閣僚にもおらんし。

9月22日:第11歩兵軍団がブリュッセルに到着。

9月23日:第8戦車師団が3式中戦車 チヌに改良。

3式中戦車は75㎜38口径砲を搭載し、重量20トン未満の戦車としての性能はおそらく世界最高と言われている。だが、史実では登場するのがあまりに遅すぎたので、生産数はわずか166両と、ほとんど活躍の場はなかった。

9月23日:第31山岳兵軍団がランスに到着。
9月24日:第11山岳兵軍団がディジョンに到着。
9月24日:第15歩兵軍団がコペンハーゲンに到着。
9月25日:第31山岳兵軍団がコンピエーニュに到着。
9月25日:第40歩兵軍団がトロワに到着。
9月25日:第11歩兵軍団がナミュールに到着。
9月25日:第4機甲軍団がロッテルダムに到着。
9月25日:第22歩兵軍団がオルボアに到着。
9月27日:第11歩兵軍団がヴァランシエンヌに到着。
9月28日:第11山岳兵軍団がオセールに到着。
9月29日:第2騎兵軍団がモーンスに到着。
9月30日:第2騎兵軍団がリールに到着。

10月1日:第40歩兵軍団がパリに到着。

日本軍の手で、ついにパリを解放。

Hoi2_672

さて、ドイツに追われたフランス政府は今いずこ。

史実では、イギリスに亡命して「自由フランス国民委員会」を結成し、シャルル・ド・ゴールを中心としてヴィシー政権への抵抗活動を行ったのだが……この世界ではフランス領赤道アフリカのブラザヴィルで亡命政権を樹立している模様。

しかも、中心人物はド・ゴールではなく、ライバルのアンリ・オノレ・ジロー(ゲーム中では「アンリ・ホノーラ・ジロー」となっているが、これは間違いだと思われる)。

Screensave0

ド・ゴールはチャーチルやルーズベルトとソリが合わなかったらしいので、そのあたりの連合国間の思惑も絡んでアンリ・ジローによって失脚させられたことにしとこう。

ところで、この時点でのドイツ軍の陸上兵力は279個師団。補給封鎖完成の8月10日時点で298個師団だったから、あんまり減っていない。

10月2日:第2騎兵軍団がダンケルクに到着。
10月3日:第15歩兵軍団がシュトラールズントに到着。
10月3日:第2騎兵軍団がカレーに到着。
10月3日:第1騎兵軍団がアミアンに到着。
10月4日:第2騎兵軍団がディエップに到着。
10月4日:第1騎兵軍団がルアーヴルに到着。
10月5日:第10山岳兵軍団がブールジュに到着。
10月6日:第1騎兵軍団がカーンに到着。
10月7日:第31山岳兵軍団がオルレアンに到着。

オルレアンといえば「オルレアンの乙女=ジャンヌ・ダルク」に言及せんわけにはいくまい。

いわゆる百年戦争の際に17歳で戦闘に参加し、オルレアン解放に貢献した女性である。のちにイングランド軍に捕らえられ、宗教裁判の結果、異端者として火刑に処されてしまった。

10月8日:第1騎兵軍団がシェルブールに到着。

カトリーヌ・ドヌーヴ主演のミュージカル映画「シェルブールの雨傘」で有名になった港町。それ以外に特記事項は……なし。

10月8日:第2騎兵軍団がアルジャンタンに到着。
10月9日:第11山岳兵軍団がルマンに到着。
10月9日:第2騎兵軍団がアンジェーに到着。
10月9日:第1騎兵軍団がアヴランシュに到着。
10月9日:第10山岳兵軍団がトゥールに到着。
10月11日:第2騎兵軍団がナントに到着。
10月11日:第10山岳兵軍団がラロシェルに到着。
10月11日:第1騎兵軍団がレンヌに到着。
10月12日:第2騎兵軍団がロリアンに到着。
10月12日:第11山岳兵軍団がショーレに到着。
10月14日:第1騎兵軍団がブレストに到着。
10月15日:第10山岳兵軍団がボルドーに到着。

10月16日:イギリスで “大臣の逝去” が発生。

ダドリー・パウンドのこと。

10月15日時点のイギリスの閣僚にはダドリー・パウンドはいない。当時の肩書きは、職業軍人の最高位である第一海軍卿ということで、海軍総司令官あたりに名を連ねているのかと思ったけど。

10月18日:第46工兵軍団がクラクフに到着。
10月18日:第12歩兵軍団がオッペルンに到着。
10月18日:第10山岳兵軍団がダクスに到着。

Screensave65

フランスの北半分まで解放。南部には相変わらずヴィシー政権が居座っている。
史実では、ヴィシー政権の元首・ペタン将軍は、連合軍によるノルマンディー上陸作戦の後にドイツに避難したそうだが、この世界ではまったく動く気配がない。
それに、フランス領赤道アフリカにいるアンリ・ジローも、よほどブラザヴィルの居心地がよいのか、本国に帰還する様子がない。

日本としては、もうドイツ軍もいないことだし、早いとこ北部フランスを手放して身軽になりたいのだが……さて、どうしたものか。

ともかく、西部戦線は片付いたので、東に兵を向け、ドイツの残存戦力を駆逐しながら残りのソ連領も占領して、ヨーロッパに平和を回復させよう。


« 日本軍 欧州を西進 | トップページ | 扶桑、撃沈さる! »

HOI 2 大日本帝国 雄飛4」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/92467/43418856

この記事へのトラックバック一覧です: 西部戦線 異常なし:

« 日本軍 欧州を西進 | トップページ | 扶桑、撃沈さる! »

最近のトラックバック

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31