ドイツ領 完全に消滅
4月22日:第1軍司令部がアラルスクに到着。
4月22日:第2軍司令部がノギンスクに到着。
4月22日:第27工兵軍団がベジェーツクに到着。
4月22日:第47工兵軍団がサルスクに到着。
4月23日:第40歩兵軍団がオリョルに到着。
4月24日:第44歩兵軍団がノヴォローシスクに到着。
4月24日:第2軍司令部がモスクワに到着。
モスクワが文献に初めて登場するのは1147年。フィン語族のメリャ人が住む小さな州の無名な町であったという。2008年1月1日現在の人口は約1047万人。
4月24日:第3機甲軍団がカシャリーに到着。
4月24日:第4機甲軍団がカリーニンに到着。
4月24日:我が軍がトゥルガイで敵軍と交戦。
4月24日:第6機甲軍団がクルサルィに到着。
4月25日:第4軍司令部がボグチャルに到着。
4月26日:第46工兵軍団がスヴォボダに到着。
4月28日:第13歩兵軍団がフォートシェヴチェンコに到着。
4月29日:第4軍司令部がボコフスカヤに到着。
4月29日:第20山岳兵軍団がバシャンタに到着。
4月29日:第27工兵軍団がチェレポヴェッツに到着。
4月30日:第26工兵軍団がリペツクに到着。
5月2日:第47工兵軍団がコテルニコヴォに到着。
5月2日:第2陸戦隊がモロトフスクに到着。
5月4日:第2軍司令部がルイビンスクに到着。
5月5日:ウクライナの人々が日本からの独立を宣言。
5月5日:日本がウクライナを属国化。
国家元首のアンドレイ・ヴラゾフ(ウラソフ)。もともとはソ連の将校だったが、独ソ戦の最中に「打倒スターリン」を唱えて投降、ドイツ側に寝返って戦ったという。最期はソ連軍に捕らえられて処刑された。
この世界において、どういう経緯でウクライナのトップに登りつめたのかは不明。
まあ、ヴラゾフはいいとしても、政府首班がエーリヒ・コッホというのはさすがにマズいんじゃないか? この男、ナチスの将校でロシア人やウクライナ人など東方諸民族に対する蔑視・迫害を重ねてきた札付きのワルだろう。
日本の属国としてのウクライナの閣僚に名を連ねるのはふさわしくないと思うのだが。
5月6日:第45歩兵軍団がパヴロフスクに到着。
5月6日:第26工兵軍団がタンボフに到着。
5月7日:第22歩兵軍団がリャザンに到着。
5月8日:第40歩兵軍団がヴォロネジに到着。
5月9日:第47工兵軍団がチェルニヤルに到着。
5月9日:第27工兵軍団がヴォロドガに到着。
5月9日:第4機甲軍団がヤロスラヴリに到着。
5月10日:第41歩兵軍団がボリスグレブスクに到着。
5月11日:第42歩兵軍団がシュロヴィキノに到着。
5月11日:第8機甲軍団がエリスタに到着。
5月12日:第25歩兵軍団がヴラジーミルに到着。
5月15日:第16工兵軍団がトゥルガイに到着。
5月15日:第6機甲軍団がアクモリンスクに到着。
5月15日:第4機甲軍団がダニーロフに到着。
5月15日:第2陸戦隊がアルハンゲリスクに到着。
5月16日:第4軍司令部がカラチに到着。
5月16日:第45歩兵軍団がフロロヴォに到着。
5月17日:海軍第15攻撃飛行団が川西 H8K3 2式大艇22型に改良。
5月17日:海軍第16攻撃飛行団が川西 H8K3 2式大艇22型に改良。
5月17日:海軍第17攻撃飛行団が川西 H8K3 2式大艇22型に改良。
これ、どうなの? いくら2式大艇が大型飛行艇の割に高速で、防御力・実用性・航続距離の点に於いて他国飛行艇の追随を許さぬ世界最高の飛行艇であったとしても、しょせん飛行艇は飛行艇。1式陸攻の後継にはならんでしょうが。早く後継の空技廠「天河」を開発・実戦配備したい。
ちなみに「天河」って、日本海軍が開発した万能爆撃機「銀河」(雷撃・水平爆撃・急降下爆撃のいずれもが行える)をジェット化した機体…という計画。
5月17日:第1陸戦隊がコノシャに到着。
5月17日:第26工兵軍団がペンザに到着。
5月18日:第27工兵軍団がトトマに到着。
5月19日:第46工兵軍団がウリュピンスクに到着。
5月20日:第41歩兵軍団がバラショフに到着。
5月20日:第42歩兵軍団がスターリングラードに到着。
スターリングラード…現ヴォルゴグラード。独ソ戦の激戦地として有名。そもそも、ヒトラーがこの町の攻略に固執したのは、宿敵スターリンの名を冠した都市だったから、という説もある。
5月21日:第25歩兵軍団がムーロムに到着。
5月22日:第45歩兵軍団がカムイシンに到着。
5月22日:第20歩兵軍団がアルザマスに到着。
5月26日:第4軍司令部がクラスニャスロボダに到着。
5月26日:第2陸戦隊がメゼニに到着。
5月28日:第26工兵軍団がサランスクに到着。
5月28日:第20山岳兵軍団がエノタエフカに到着。
5月29日:第4機甲軍団がヴェリキーウスチューグに到着。
5月29日:第45歩兵軍団がニコライエフクに到着。
5月30日:第46工兵軍団がサラトフに到着。
5月30日:第41歩兵軍団がクズネツクに到着。
6月4日:第47工兵軍団がエルトンに到着。
6月12日:第2軍司令部がコテルニクに到着。
6月12日:第45歩兵軍団がエンゲルスに到着。
6月13日:第26工兵軍団がウリヤノフスクに到着。
6月15日:第4軍司令部がノヴォウゼンスクに到着。
6月17日:第8機甲軍団がアストラハンに到着。
6月18日:第23歩兵軍団がコストロマに到着。
6月20日:第46工兵軍団がクイビシェフに到着。
6月22日:第20歩兵軍団がチェボクサリに到着。
6月24日:ドイツで “将軍が事故死” が発生。
ヴェーゼル演習(ノルウェー侵攻)作戦でナルヴィクおよびトロンヘイムの占領を担当した、ディートル陸軍少将か。
6月25日:第47工兵軍団がウラリスクに到着。
6月25日:第41歩兵軍団がシズラニに到着。
6月28日:第20歩兵軍団がカザンに到着。
6月29日:第8機甲軍団がグリエフに到着。
6月30日:第27工兵軍団がコトラスに到着。
7月4日:第2軍司令部がキーロフに到着。
7月5日:第23歩兵軍団がヨシュカオーラに到着。
これでドイツの占領地はすべて日本軍の支配下に。
ソ連の落日も間近に迫ってきた感じ。
7月7日:第22歩兵軍団がカザンに到着。
7月8日:第26工兵軍団がメレケスに到着。
7月18日:第8機甲軍団がオルスクに到着。
7月20日:第40歩兵軍団がクイビシェフに到着。
7月21日:ギリシアがチェリャビンスクを爆撃し、工業力に0.36, 希少資源生産に0.23の損害を与えた。
7月21日:チェコスロヴァキアがシクティフィカルを爆撃し、工業力に0.22, エネルギー生産に1.00の損害を与えた。
7月21日:ギリシアがクルガンを爆撃し、工業力に0.18, エネルギー生産に0.46の損害を与えた。
7月22日:ギリシアがチェリャビンスクを爆撃し、工業力に0.22, 希少資源生産に0.37の損害を与えた。
7月22日:チェコスロヴァキアがシクティフィカルを爆撃し、工業力に0.22, エネルギー生産に0.15の損害を与えた。
7月22日:ギリシアがチェリャビンスクを爆撃し、工業力に0.27, 希少資源生産に0.28の損害を与えた。
7月23日:ギリシアがクルガンを爆撃し、工業力に0.33, エネルギー生産に0.46の損害を与えた。
7月23日:チェコスロヴァキアがシクティフィカルを爆撃し、工業力に0.06, エネルギー生産に0.15の損害を与えた。
7月23日:ギリシアがクルガンを爆撃し、工業力に0.13の損害を与えた。
7月24日:チェコスロヴァキアがウファを爆撃し、工業力に0.11, 希少資源生産に0.36の損害を与えた。
7月24日:ギリシアがチェリャビンスクを爆撃し、工業力に0.25, 希少資源生産に0.27の損害を与えた。
7月24日:ギリシアがクルガンを爆撃し、工業力に0.05, エネルギー生産に0.23の損害を与えた。
ここのところ、ギリシアとチェコスロヴァキアの空軍が戦略爆撃に熱中。
7月25日:第21山岳兵軍団がオルスクに到着。
7月27日:IJN 飛龍の配置準備完了。
勝手に「飛龍」という艦名がつけられているが、これは強引に「大鳳」に変更する。
7月30日:第41歩兵軍団がナベレジヌイエチェルヌイに到着。
7月30日:第3機甲軍団がチカロフに到着。
8月1日:ベラルーシの人々が日本からの独立を宣言。
8月1日:日本がベラルーシを属国化。
国家元首のピョートル・クレチェウスキ、政府首班のヴァシル・ザカルカ。ともに人となりは皆目不明。
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