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2007/12/02

戦国史-大逆転 Vol 57

【1586年01月】
越前・金津城を攻略。

【1586年02月】
尾張・岩倉城を攻略。

【1586年03月】
加賀・大聖寺城、美濃・鷺山城、伊勢・大河内城を攻略。

【1586年04月】
加賀・鳥越城、越前・本荘城、美濃・北方城を攻略。

【1586年05月】
体調不良をおして本荘城攻略の指揮を執っていた、鳴海家当主・鳴海基広の病状が急速に悪化。5月4日の未明、ついに冥界に旅立った。享年71歳。
わずか一代で、鳴海家を安芸の一国人から西日本を支配する1256万石の大大名へと成長させた、偉大な名将であった。
嫡男・隆広が鳴海家を継承。

ちなみに、殉死した武将はいない。

【1586年06月】
加賀・小松城を攻略。

【1586年07月】
美濃・関城を攻略。

【1586年08月】
加賀・鳥越城で戸次鑑連(立花道雪)病没。享年73歳。
第一次対大友戦争で捕虜→登用して以来の長い忠勤であった。合掌。

加賀・松任城、伊勢・多気城を攻略。

【1586年09月】
いつの間にか六角家当主になっていた九鬼嘉隆が伊賀・名張城で投降。ここに六角家は滅亡した。
だから早いとこ、武田に見切りをつければよかったのに。
きわめて個人的な話だが、以前、六角という姓の男から仕事上のことでネチネチとイヤミを言われたことがあり、それ以来「六角」と聞くとそのことを思い出して、イヤ~な気分になるので、まあ、この際、滅亡してくれてよかったかね。

尾張・末森城を攻略。

【1586年10月】
加賀・富樫館攻略の陣中にあった今川義元が病没。史実に比べて、はるかに数奇な運命をたどった武将だけに少々感慨深いものがある。

【1586年11月】
加賀・富樫館を攻略。

【1586年12月】
加賀・金沢城、美濃・郡上八幡城を攻略。

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