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2007/11/19

戦国史-大逆転 Vol 52

【1581年06月】
水原親憲(すいばらちかのり。上杉氏の家臣)、阿曽沼親広、中村式部を登用。

近江・朽木谷城、紀伊・手取城を攻略。

【1581年07月】
若狭・小浜城攻略。

【1581年08月】
小早川軍団、紀伊・勝山城攻略。

あの~、河内畠山家当主・畠山昭高殿。いいかげんに降参していただけんですか。史実より8年も生き永らえているんだから、いまさら未練もないでしょーに。

【1581年09月】
若狭・国吉城を攻略。

【1581年11月】
小早川軍団、紀伊・新宮城攻略。河内畠山氏、滅亡。なんだかね~(^_^;)

【1581年12月】
鳴海家重臣・羽鳥茂孝が近江・朽木谷城で病没。享年61歳。実に30年以上の永きにわたり、鳴海基広の右腕として家を支えてきた宿将であった。合掌。

さて、羽鳥茂孝の死を悼んでばかりもいられない。

琵琶湖周辺から若狭湾にかけての比較的狭い(=相互支援できる)地域に、敵の攻勢を食い止めるだけの防御ラインを構築できたので、武田と雌雄を決する前に、兵力の一部を西にスイングさせたい。

Photo

何をするかというと…

四国の三好、九州の大友・島津を完全に服属させる。

現状では、大友はわが鳴海氏に従属、三好と島津は不戦同盟中という関係だが、いつ寝返られるかわからん勢力がはるか後方に蠢いている状況はどうも落ち着かん。なんとか臣従にまで持ち込みたいところ。
特に島津は戦闘力の高い武将が揃っており、武田との決戦を控えて、ぜひとも支配下に置いておきたい。

そこで…四国・九州で不穏な動きあり、との情報を得たということにして、鳴海基広以下20万余の軍は、摂津・瀧山城から大軍船団を編成して一路西へ。

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