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2007/10/27

戦国史-大逆転 Vol 46

【1577年10月】
田丸直昌(織田信雄→蒲生氏郷の家臣)、そしてあの今川義元を登用。
今川義元も上杉謙信に劣らず、数奇な運命をたどっている。
1558(弘治4)年10月、北条氏によって滅ぼされ、当主・義元は武田氏家臣に、嫡男の氏真は北条氏家臣に、父子が敵味方に分かれた末、鳴海氏捕虜→登用という流れですからねぇ。
ところで、氏真のほうは北条氏の家臣団に名前を連ねてないんだけど…。どこ行ったんかね。

【1577年11月】
さて、このあたりで戦略を転換。

若狭・御瀬山城に許容限度の武将20名9万の大軍を駐留させて、北陸における陸上および海上からの武田軍の侵攻を阻止する。その間に、今度は瀬戸内側で攻勢をかけるのだ~
具体的には、長らく防衛ラインの役を担ってきた瀧山城・岩屋城・洲本城から河内・和泉の諸城に侵攻するわけ。最初のターゲットは河内・越水城。

椎名康胤が病没。史実では、1576年に上杉謙信に攻められて、越中・蓮沼城で自害している。1年近く長生きできたんだから、まあ良しとしてもらうか。
石亀長房を登用。

軽く越水城を攻略。

【1577年12月】
何と上杉謙信が幽閉中の有馬城で病没した。
享年48歳。史実より1年早いじゃないの。やはり、高血圧が原因の脳溢血だったんだろうか。
義理を重んじるその生き様にはかなり共感できるところがあるので、もっと華々しい活躍の場を差し上げたかったんだが…。

鬼庭良直(おにわ よしなお。伊達氏の重臣)を登用。

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