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2007/07/05

戦国史-大逆転 Vol 6

【1552年10月】

尼子氏の攻撃にさらされていた石見・本明城の福屋氏(当主・福屋隆兼)が陶氏に臣従。また、七尾城の益田氏(当主・益田伊兼)も陶氏の軍門に下った。


【1552年11月】

気がつくと、相次ぐ戦いによる財政の逼迫が深刻化。ここらで少し大人しくして、国力の醸成に努めよう。


【1552年12月】

陶氏から再び不戦同盟の使者。空手形かもしれんが、ひとまず受諾。


【1553年01月】

当面大人しくしとくつもりだったが、交易収入を増やしたくなったので、最も手近な貿易港をもつ鹿島城をいただくことに。いよいよ四国進出である。
河野氏-来島村上氏のラインに同盟関係破棄を通告して、鳴海隆広3670の兵力で水路出陣。
鹿島城には、当主の河野通宣以下3000余りの兵が立て籠もっていたが、これを城外におびき出して叩くと、敵主力は来島城に撤退。あとは強襲をかけて2ヵ月後の攻略を目指そう。

155302

【1553年03月】

予定どおり鹿島城攻略。一つコトが済むとだんだん欲が出てくるのは人間の性。次は来島城も。

河野氏が三好氏に従属。こっちも負けじと伊予石川氏(当主・石川通清)と不戦同盟を締結した。実際には、石川氏は三好氏に通じ、後年は長宗我部氏につくことになるのだが。


【1553年04月】

来島城攻略開始。鳴海隆広・夏川兼重合わせて7400の軍勢で城を包囲。あまり好みではないけど、兵糧攻め。
陶氏は豊前杉氏との戦いを始めている。門司城攻略中。


【1553年05月】

毛利氏の兵糧攻めによって、備後・旗返城が落城。城主・江田隆連は毛利氏の家臣に。


【1553年06月】

甲山城付近で毛利軍15000と尼子軍12000が激突。毛利軍の勝利で尼子軍は甲山城攻略を断念して撤退。

陶軍、門司城攻略直前で台風襲来によって撤退を余儀なくされた。


【1553年07月】

毛利軍、出雲・三沢城の攻略を開始。三沢城主の三沢為清は、尼子家当主の尼子晴久らとともに、石見の温湯城攻めに参加中。

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