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2007/07/26

戦国史-大逆転 Vol 25

【1564年12月】

5万4千の軍勢を海路で松山城へ侵攻させると同時に、3万の兵力で本明城を包囲。本明城内2万5千の大友軍は城から撤退することもかなわず、兵糧攻めの犠牲に。

【1565年01月】

三好家当主・三好長慶が病没。享年42歳。史実より半年遅い死であった。家督を継いだのは実弟の義賢。ただ、三好家の隆盛はひとえに長慶の能力によって支えられているところが大きかったため、これを機に家勢は衰退に向かう…はず。嫡男の義興はいまだに登場していないし。
ただ、大友軍に奪われていた伊予飯森城は、四国勢の奮闘によって何とか奪還に成功。とりあえずこっちも一安心。直接、湯築城を脅かされる心配がなくなった。

【1565年03月】

最後は7万の大軍で強襲。約3年ぶりに松山城が鳴海氏の手に戻った。いよいよ大友軍、後がなくなってきたぞ。

【1565年05月】

難なく八幡城を落とした。

日向・高城まで進出していた1万の三好軍だが、大友軍1万5千に包囲されて、降伏。当主・三好義賢は囚われの身となってしまった。んで、松永久秀が当主に。

【1565年06月】

難なく山吹城を落とした。

【1565年07月】

156507


ついに山陰の大友軍に最期の時が。温湯城にたてこもる5万3千の敵軍を6万5千の兵で包囲。退却路とてないこの状況。わずか1ヶ月の兵糧攻めで城は陥落。
4年越しの戦いで、ようやく大友の勢力を中国地方から完全に排除することに成功した。
さて、ひと息ついたら九州侵攻作戦開始である。

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