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2007/07/21

戦国史-大逆転 Vol 21

【1562年04月】

周防・富田若山城に大友軍3万7千が突如来襲。長門・勝山城から海路出陣した模様。救援に向かわねば、ということで、松山城を攻略したばかりの鳴海軍3万が急遽転戦。一路、周防へ。

入来院重時が登用に応じた。

【1562年05月】

富田若山城救援部隊、何とか敵軍の駆逐に成功。それにしても危ないあぶない。

【1562年06月】

山吹城にたてこもった大友軍1万7千を包囲。退路がないので兵糧攻めで速攻落城。また捕虜が3人増えた。
山陰に展開する大友軍をかなり弱体化できたので、このあたりで山陽側に兵を集めて、一気に防長攻略を進めるべし。

【1562年07月】

勢力範囲が6ヵ国を数えるに至り、当主・鳴海基広だけではきめ細かな内政が困難になってきた。ゲームシステムとして、内政コマンドを実行できるのは当主の所在国およびその隣国に限定されるわけでして…。
そこで、石川通清を軍団長(といっても、軍団に所属するのは当の石川通清ただ一人)に任命し、伊予国の内政を担当させることにした。武勇能力値2では、戦闘では役に立たんだろうし。

法華津前延(伊予国西端部を支配していた西園寺家の家臣)が登用に応じた。

【1562年08月】

田北紹鉄が登用に応じた。そうそう。大友方にいてもロクなことはないぞ。後年には、反乱に連座したと疑われ、大友軍に攻められて敗死という運命が待っていたはずなんだから。とはいえ、武勇の能力値が2では戦場では大した活躍は期待できんだろう。いずれ、一人軍団を組織して内政に専念してもらうか。

【1562年09月】

どういう風の吹き回しか、毎月1人ずつ登用拒否の態度を改めている。今月は伊万里純の番。

勝山城および右田ヶ嶽城を同時に攻略開始。

【1562年10月】

予想外に早く勝山城が落ちた。対岸の門司城からは2万8千の大友軍が睨みをきかせている。まだ関門海峡を渡る気はありません。次は引き返して信田丸城攻略にとりかかる。

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