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2007/07/30

戦国史-大逆転 Vol 27

【1566年03月】

東の松山城攻めと並行して西では白山城の攻略に着手。

【1566年05月】

白山城および松山城を同時攻略。

【1566年06月】

マルセイユから交易船が帰港。収益はご覧のとおり\(^o^)/

156606

いよいよ、商都・博多の攻略に着手。6万の兵力で海から博多に上陸。今回は強襲一本で攻めます。同時に、許斐山城にも手をつけた。

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2007/07/28

「戦国史-大逆転」をメインサイトで

目下連載中の「戦国史-大逆転」ですが、「芸急グループ」傘下の「芸急トラベル」で、「パストツアー -歴史をふりかえる-」の1テーマとして取り扱うことができるようになりました。
まずは、Vol 1からVol 2までの内容に加筆修正したものを公開しています。ぜひご覧ください。

「大逆転!戦国史」

2007/07/27

戦国史-大逆転 Vol 26

【1565年08月】

総数で12万6千に膨れ上がった鳴海軍。陸路および海路を使って、全軍を西に移動させる。
小倉城と松山城に合わせて5万5千の大友軍が控えているので、急がねば。
案の定、大友軍3万3千が門司城に殺到。強襲をかけてきた。吉弘鑑理・鍋島直茂ら大友軍の精鋭部隊である。守るは、河野通宣部隊と守備兵合わせて2500の兵。あと2ヶ月はもちこたえられるだろう。

【1565年09月】

台風が九州地方を襲い、大友軍は包囲を継続できずに松山城に撤退した。こりゃラッキー♪

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2007/07/26

戦国史-大逆転 Vol 25

【1564年12月】

5万4千の軍勢を海路で松山城へ侵攻させると同時に、3万の兵力で本明城を包囲。本明城内2万5千の大友軍は城から撤退することもかなわず、兵糧攻めの犠牲に。

【1565年01月】

三好家当主・三好長慶が病没。享年42歳。史実より半年遅い死であった。家督を継いだのは実弟の義賢。ただ、三好家の隆盛はひとえに長慶の能力によって支えられているところが大きかったため、これを機に家勢は衰退に向かう…はず。嫡男の義興はいまだに登場していないし。
ただ、大友軍に奪われていた伊予飯森城は、四国勢の奮闘によって何とか奪還に成功。とりあえずこっちも一安心。直接、湯築城を脅かされる心配がなくなった。

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2007/07/24

戦国史-大逆転 Vol 24

【1564年01月】

総大将・鳴海隆広以下7万の兵力で、一気に指月城を攻略。
一方、高嶺城が5万8千の大友軍に包囲されてしまったが、これは想定内。時期を見て駆逐するつもり。

【1564年04月】

渡川城、攻略開始。
日野山城が大友方の郎党どもに襲われているが、鳴海軍も二正面作戦に対応できるほど戦力が充実してきたので、西で攻めつつ東を守る態勢を整えていこう。

【1564年06月】

城を包囲していた鳴海隆広軍3万に加えて、鳴海義広以下4万3千の兵を投入して、渡川城を強襲。攻略に成功した。

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2007/07/23

戦国史-大逆転 Vol 23

【1563年09月】

5万3千余りの大軍が55隻の軍船に分乗して門司城に殺到。強襲で攻略に成功した。

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2007/07/22

戦国史-大逆転 Vol 22

【1563年01月】

門司城の敵軍が3万5千に増強された。が、以前に比べて大友軍の動員力が衰えてきたように思うのは、気のせい? 対抗上、勝山城の防衛部隊も増強しつつ…信田丸城を強襲で攻略。

【1563年02月】

右田ヶ嶽城攻略成功。青景城攻略開始。こっちの方面はかなり順調である。だが、石見の東端では…大友軍が着実にわが領土を蚕食中。

【1563年03月】

青景城攻略成功。しかし…門司城と日野山城に同時に敵襲。高嶺城にも2万5千の敵軍が陣取っているし…。非常にヤバい状況である。

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2007/07/21

戦国史-大逆転 Vol 21

【1562年04月】

周防・富田若山城に大友軍3万7千が突如来襲。長門・勝山城から海路出陣した模様。救援に向かわねば、ということで、松山城を攻略したばかりの鳴海軍3万が急遽転戦。一路、周防へ。

入来院重時が登用に応じた。

【1562年05月】

富田若山城救援部隊、何とか敵軍の駆逐に成功。それにしても危ないあぶない。

【1562年06月】

山吹城にたてこもった大友軍1万7千を包囲。退路がないので兵糧攻めで速攻落城。また捕虜が3人増えた。
山陰に展開する大友軍をかなり弱体化できたので、このあたりで山陽側に兵を集めて、一気に防長攻略を進めるべし。

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2007/07/20

戦国史-大逆転 Vol 20

【1561年07月】

伊予飯森城の大友軍に対しては、三好軍が盛んにちょっかいを出してくれている。ありがたやありがたや。

石見のほうだが、大友軍は本明城と松山城をあっさり突破し、山吹城の大内氏を攻撃中。自ら放棄した城とはいえ、気分の良いもんじゃない。

【1561年08月】

大友軍の妨害に悩まされながらも、富田若山城の包囲を続け、敵方の下蒲池家郎党が脱出して城内の守備兵が激減したのを機に一気に強襲。念願の富田若山城奪取に成功した。

【1561年09月】

石見・山吹城にたてこもっていた大内義隆以下1万余りの大内軍の残党。兵糧が尽きて開城。ついに名門・大内家は滅亡。
城から落ち延びた大内家の残党。当主・大内義隆と家臣の相良武任は朝倉家を頼り、嫡男の義尊は三好家の家臣に。

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2007/07/19

戦国史-大逆転 Vol 19

【1560年12月】

みたび不退却はめ作戦実施。捕虜とした武将の数は22名になった。それだけの数の武将を失いながらも一向に攻撃の手をゆるめないというのは、大友氏、しぶといというか何というか…。

それにしてもよく考えたら、三好氏の陣営にあって、何で鳴海氏ばかり大友氏の攻撃の矢面に立たされて苦労しなければならんの? だんだんバカらしくなってきた。いったい他の連中は何しとるんや?

三好軍の主力がどこで何しているのか探してみると、伊予国の南端・常磐城を我が物とした大友氏に対して攻撃を加えるべく、6万5千の軍勢が肉薄していた。
まあ、三好主力軍も今後それなりに苦労することになるんだろうが…でも、やっぱりワリに合わん気がする。いっそのこと、大友軍には山陰路をそのまま東進してもらい、毛利と噛み合わせてみようか。んで、鳴海軍は南に兵力を集中させ、大友軍とは逆に西進して防長攻略を目指すというのは…?

よし決めた。これでいこう。

当主・鳴海基広の号令一下、5万7千の鳴海軍は本明城・松山城を惜しげもなく放棄して、一路南下して岩国城へ。

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2007/07/18

戦国史-大逆転 Vol 18

【1560年07月】

突然の大チャンス到来!

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この状況で本明城に攻撃を仕掛け、野戦に勝利すれば、本明城にいる武将20人はどこにも撤退することができず(1つの城に入ることができる武将は最大20人)、城にたてこもるしかない。そこを兵糧攻めすれば…(通称:不退却はめ作戦)。

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2007/07/17

戦国史-大逆転 Vol 17

【1560年01月】

久々に当主・鳴海基広のお出まし。20000の軍を率いて安芸・五籠城を攻略。

何と、織田氏が北条氏の傘下に。

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駿河・遠江・三河をほぼ手中にした北条軍に対して、織田軍は刈谷城・沓掛城に防衛ラインを敷いて必死の抵抗を見せたが、総数12万を数える大軍が相手ではなすすべがなかった。沓掛城を失い、もはや進退窮まった織田信長が北条氏康に降伏。最盛期には82万石だった石高も、今は41万石とまさに半減。
ここに歴史は大きく転換した。

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2007/07/16

戦国史-大逆転 Vol 16

【1558年12月】

豊前杉氏が最後の城・馬ヶ岳城を攻略されて滅亡。九州における毛利氏の橋頭堡が崩壊したことになる。

【1559年01月】

九十九城と同様の手で藤目城攻略。

【1559年02月】

鎮西宇都宮氏・益田氏・平賀氏が毛利氏から独立。毛利軍団からの離脱者が続出している。

【1559年03月】

三好軍の反撃が日増しに強力になってくる。当面、讃岐ではこれ以上の進展が見込めないので、鉾先を変える。
主家を毛利氏から三好家に鞍替え。いや~毛利・三好・大友の三者を手玉にとっていますな。

三好軍との休戦と同時に、鳴海軍の主力40000余りの兵は、軍船40隻以上に分乗して讃岐・九十九城から安芸・鳥籠山城に一気に大移動。で、米山城を速攻攻略。「兵力集中と高速移動」は戦いの要諦です。

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2007/07/15

戦国史-大逆転 Vol 15

【1558年03月】

面白いものを見つけた。砥石山城の浅井久政(浅井長政の父親)。近江の雄がこんなところにまで遠征。いつの間にやら、浅井家は但馬山名家に臣従していたので、主家にかりだされた模様。お疲れ様です。

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【1558年05月】

畿内は平穏そのもの。河内畠山家の当主・畠山高政、動かんねぇ。1562年3月5日には三好軍との戦いで、三好長慶の弟・義賢を討ち取るはずなんだが。

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2007/07/14

戦国史-大逆転 Vol 14

【1557年09月】

何と、毛利氏と大友氏が不戦同盟締結。この展開はまったくの想定外。いいような悪いような…。
この結果、鳴海領を囲む大名たちとはすべて不戦同盟締結状態に。しばし平和の到来。この機会に領国経営に努めよう。

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毛利氏は豊前杉氏を臣従。

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2007/07/13

戦国史-大逆転 Vol 13

【1557年01月】

益田氏が従属志願して毛利氏の傘下に。

地蔵嶽城を襲っていた14000の敵軍も撃退。

【1557年02月】

羽鳥弘孝が蒲刈城に登場。羽鳥茂孝の次男という設定。

尼子国久が病没。山陰地方における尼子時代の終焉を感じる。

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2007/07/12

戦国史-大逆転 Vol 12

【1556年05月】

一条氏が従属志願して三好氏の傘下に。次いで臣従。

鳴海軍、9300の兵で地蔵嶽城を包囲。宇都宮清綱・豊綱、それに戦国伊予の極悪人といわれた大野直之がたてこもっている。

【1556年06月】

三好氏と大友氏が不戦同盟締結。
良くないね~、良くないですよ。この二者が衝突してくれることを期待していたんだが。おまけに西園寺氏も臣従。

【1556年08月】

とうとう来ました。毛利軍12000が桜尾城に来襲。とりあえず守備兵の奮闘で凌いだが、来月には陥落しそう。手を打たねば。
岩国城にも、内藤氏の家臣・原田隆種がわざわざ水路来襲。

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2007/07/11

戦国史-大逆転 Vol 11

【1555年10月】

予定どおり、厳島合戦勃発。で、史実どおり陶軍は敗れ、陶晴賢は自刃。他の武将たちも煙のように消えてしまった。厳島合戦の前に陶晴賢によって粛清されたはずの江良房栄はともかく、弘中隆兼はその智勇を評価しているので、当家で召し抱えたいくらいだったのだが。

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それにしても、この状態でどうやって両軍、厳島に渡って戦うことができたのか。こら、勝手に他人の領土でケンカするんじゃねぇ(ー_ー#)

台風襲来で中断した曾根城攻略を再開。

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2007/07/10

戦国史-大逆転 Vol 10

【1555年08月】

尼子氏と陶氏が不戦同盟締結。後述するように、陶氏滅亡は2ヵ月後に迫っているので、もはや意味はあるまい。

再び三好軍が金子城へ。今度は28000の大軍。総大将は相変わらず三好義賢。何がなんでもこの方面に進出してくる気らしい。
とりあえず、城の防御をかなり固めておいたので、数ヵ月は守備兵に頑張ってもらい、落城直前に大軍で救援すれば、兵力の損耗を防ぎつつ城を守ることはできるだろうが、こんなことを繰り返していて、いいんだろうか。

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2007/07/09

戦国史-大逆転 Vol 9

【1555年02月】

羽鳥景孝が蒲刈城に登場。羽鳥茂孝の嫡男という設定である。

伊予石川氏、主家を鳴海氏から三好氏に鞍替え。まあ、近々こうなるとは予想してはいたが…。この機に、いったん曾根城攻略はおいといて、東に兵を向けるかな。

ということで、金子城攻略開始。
鳴海義広・羽鳥茂孝計2300の兵で出陣。2100の守備兵をおびき出して叩き、城にこもった残存兵を強襲して780にまで減らした。

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上杉氏が朝倉氏の傘下に入ったとの知らせが。朝倉家当主の朝倉義景、それなりに有能ではあるが、覇気に乏しく、天下取りを目指すような男じゃないというのが後世の評価なんだけど。

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2007/07/07

戦国史-大逆転 Vol 8

【1554年10月】

陶氏が吉見氏を従属させた。
吉見正頼は清廉な人柄で、大内義隆や毛利元就から厚く信任を受けていたという。ここはお家存続のためにやむなく陶の軍門に下ったということか。

【1554年11月】

陶氏は吉見氏を臣従させ、さらに豊前杉氏との不戦同盟を破棄。西に矛先を向けた様子。では、こちらは余裕綽々と四国制圧に邁進するべ。

湯築城攻略。城にたてこもっていた河野通宣・通直父子、大野直正、平岡房実、曾根高昌をすべて捕虜にした。
これで、瀬戸内海西部の交易拠点の大半を制圧したことになる。財政状況もだいぶ改善されてきたし、言うことなし。

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2007/07/06

戦国史-大逆転 Vol 7

【1553年09月】

陶氏と毛利氏が不戦同盟を締結。2年後に勃発する厳島合戦までの時間稼ぎであろうが、鳴海家にどういう影響が出てくるか。

【1553年11月】

ようやく兵糧が尽きて来島城開城。降伏した来島村上通康を登用。

【1553年12月】

一気に能島城までいってまえ。鳴海隆広、出陣。
常套のおびき出し戦法で敵の守備兵力を半減させ、あとは力の限りの強襲。


【1554年01月】

17000余りの尼子軍、温湯城攻めを中断して、三沢城救援に。さしもの毛利軍13000も攻撃を防ぎきれずに撤退。

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2007/07/05

戦国史-大逆転 Vol 6

【1552年10月】

尼子氏の攻撃にさらされていた石見・本明城の福屋氏(当主・福屋隆兼)が陶氏に臣従。また、七尾城の益田氏(当主・益田伊兼)も陶氏の軍門に下った。


【1552年11月】

気がつくと、相次ぐ戦いによる財政の逼迫が深刻化。ここらで少し大人しくして、国力の醸成に努めよう。


【1552年12月】

陶氏から再び不戦同盟の使者。空手形かもしれんが、ひとまず受諾。


【1553年01月】

当面大人しくしとくつもりだったが、交易収入を増やしたくなったので、最も手近な貿易港をもつ鹿島城をいただくことに。いよいよ四国進出である。
河野氏-来島村上氏のラインに同盟関係破棄を通告して、鳴海隆広3670の兵力で水路出陣。
鹿島城には、当主の河野通宣以下3000余りの兵が立て籠もっていたが、これを城外におびき出して叩くと、敵主力は来島城に撤退。あとは強襲をかけて2ヵ月後の攻略を目指そう。

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2007/07/04

戦国史-大逆転 Vol 5

【1552年03月】

鳴海秀広が呉崎城に登場。当主・鳴海基広の次男という設定である。

も~許せん。こっちから仕掛けてやる。
陶氏との不戦同盟破棄。宮尾城に向け、羽鳥茂孝が2000の兵を率いて出陣。城外への誘い出し→包囲殲滅で、一挙に城の防御を弱体化させた。

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毛利軍は石見の八幡城(城主・佐波興連)攻めを開始。

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2007/07/03

戦国史-大逆転 Vol 4

【1551年07月】

現時点では関係ないけど、前田利家が那古屋城に登場した。

明国から交易船が帰港。収益は22460。

155107

【1551年08月】

陶隆房(改名後は晴賢)が謀反。
史実では、彼は大内家当主の大内義隆を自害に追い込んだのだが、ここでは大内氏の支配下を脱して独立したにすぎない模様。その証拠に、大内義隆は長門の深川城でご健在。

大内氏と豊前杉氏が不戦同盟を締結。大内氏は陶氏討伐の肚を固めたらしい。だが陶氏もさるもの、高嶺城を強襲でさっさと落としてしまった。

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2007/07/02

戦国史-大逆転 Vol 3

【1550年10月】

頭崎城の平賀氏(当主・平賀隆保)が臣従志願して毛利氏の傘下に。

ついに大内軍が動いた。10360の兵力で桜尾城に来襲。
かねてからの方針では、大内軍とは争わずに撤退することになっていたが…やめた。毛利軍の出雲攻略がもう少し進展するまで、大内軍の毛利領への侵攻を防いでやろう。感謝してくれ、元就殿。

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桜尾城の防衛軍は鳴海隆弘・羽鳥茂孝・日高元晴に率いられた6500の兵。数のうえでは圧倒的に不利な状況ながら、隙を突いて敵本陣を急襲し、見事大内軍の撃退に成功。

【1550年11月】

またもや大内軍が10230の軍勢で来襲。鳴海軍は7210の兵力で撃退。

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2007/07/01

戦国史-大逆転 Vol 2

【1550年05月】

予定どおり、鳥籠山城を攻略。降伏した阿曽沼広秀・元景父子を登用。

近隣諸国の様子はというと…

毛利氏の主力は備後の甲山城(山内首藤氏)攻め。小早川隆景らも同じく備後の志川滝山城(宮氏)攻め。当主の毛利元就と吉川元春の父子は安芸の頭崎城(平賀氏)攻め。

尼子氏は出雲・石見で大内氏の勢力と争っているが、一部、尼子豊久・敬久兄弟を中心とする兵力が、毛利氏の琵琶甲城を攻撃中。

南の伊予では、河野氏と西園寺氏が伊予飯森城付近で争っているが、これは当面関係ないだろう。

【1550年06月】

陶氏が山陰で尼子氏と小競り合いをしている間に、桜尾城もいただいてしまおう。
鳴海隆弘以下3500の兵力で、桜尾城を強襲。守備兵は300しかいないので、これも来月には攻略できるだろう。

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