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2006/12/16

1941年12月第6ターン

1941年12月第6ターン(16~18日)

英軍を主力とする連合軍が、2個師団近い大兵力(32000人)でモールメンからサイヨクに侵攻してきた。

おい、確か史実では1月8日のはず。ちょっと早いんじゃないか?

32000の敵軍に対して、サイヨクの守備兵力は1個連隊(6000人)。これじゃ話にならん。撤退あるのみ。

  第1次サイヨク防衛戦
     日本軍参加兵力   30部隊/両 損害   0部隊/両
     連合軍参加兵力  160部隊/両 損害   0部隊/両
   サイヨク陥落

Photo_26 

もっとも、ビルマ方面からの連合軍の侵攻はわが軍のシナリオどおり。最終的にはバンコク(地形=平地)にまで引きずり込み、空からの爆撃で徹底的に叩くことになるだろう。

またしても、第1艦隊に対して敵潜水艦の攻撃。ただし、今度は英国海軍ではなく、米軍の潜水艦だわ。

   潜水艦     タリスマン        爆雷により沈没
   潜水艦     チグリス        爆雷により沈没
   潜水艦     トルーアント       爆雷により沈没
   潜水艦     チューナ         爆雷により沈没


早いとこ『3式1型探信儀』と『3式爆雷』を開発して、丁重に迎撃してやりたい。

話は変わるが、呉軍港には工作艦『明石』が在泊している。本土から離れた前線で損傷艦を修理できるため、戦局の推移に少なからず影響を及ぼす重要な艦艇であり、いずれパラオやトラックあたりに配備することになるだろうが、今のところ出番がない。
遊ばせておくのはもったいないから、とりあえずは地道に、航空母艦『飛鷹』の建造にあたってもらう。ということで『飛鷹』を呉海軍工廠の5番ドックから出渠。



1941年12月第7ターン(19~21日)

タイのピブーンソンクラーム元帥および仏印のドクー総督に対して、所属の海軍艦艇を譲渡するように要請。別に水上戦力に加えたいわけではなく、これらの艦艇を解体してできる鉄が欲しいのだ。親日度はいくぶん低下するが、大したことじゃない。

シンガポール周辺は快晴。絶好の爆撃日和(?)。第1艦隊および第2艦隊の艦載機500機あまりが、シンガポールの防衛施設・地上部隊に空から襲いかかる。
兵力を半減させたところで、いよいよ上陸戦開始。陸軍の精鋭・第5師団と第17師団の一部、合わせて24000の兵員が上陸用艦艇で殺到。要塞化された東部のチャンギ岬一帯を避けて、防御の手薄な南西部から一気に上陸を果たした。

  第1次シンガポール攻略戦
     日本軍参加兵力  120部隊/両 損害   0部隊/両
     連合軍参加兵力    0部隊/両 損害   0部隊/両
   シンガポール占領

もくろみどおりの無血占領である。史実では、1941年2月15日にシンガポールの英豪軍降伏とある。当時のシンガポールの人口は55万人そこそこ。中国人とマレー人が大半を占めていたらしい。

パラオに駐留していた重巡『妙高』『那智』『羽黒』軽空母『龍驤』をはじめとする艦隊をマニラに移動。すっきりと再編成したい。その途中で、またもや敵潜水艦に遭遇。

   潜水艦     ガー          爆雷により沈没
   潜水艦     グレイバック     爆雷により沈没

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