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2006/12/13

1941年12月第5ターン

1941年12月第5ターン(13~15日)

第2艦隊、マニラ沖から一気に南シナ海を横断し、クチン沖に移動。すかさず、シンガポールの英軍基地から航空機がお出迎え。ブレニム軽爆30機とF2A2艦戦28機、米英軍の混成航空隊ですな。ブレニム軽爆はともかく、F2A2艦戦でも機動力は6。零戦21の敵ではありません。猛烈な対空砲火をお見舞いして…

  第1次クチン沖海空戦
   日本軍参加兵力 戦艦 4隻 空母 6隻 小型艦12隻 タンカー 1隻
   連合軍参加兵力 航空機  58機 損失  23機

我が軍に損害なし。

お客を追い返したところで、前ターンに続いて再度クチンを爆撃し、地上兵力を完全無力化。それでは…

  第1次クチン攻略戦
     日本軍参加兵力   20部隊/両 損害   0部隊/両
     連合軍参加兵力    0部隊/両 損害   0部隊/両
   クチン占領

マーカスに駐在していた整備部隊の3個小隊、父島から迎えに来た輸送船に乗ってマーカスを離れた。出港直後になんと敵潜水艦に遭遇。しかし、魚雷の不発にも助けられて…

   潜水艦     グレイリング     爆雷により沈没
   潜水艦     ピカラル        爆雷により沈没

さて、マーカスから東南に2000キロ離れたクェゼリンでも、雨の中、兵員・物資の搭載を終え、軽巡3、特設・練習巡洋艦3、駆逐艦7、輸送船・タンカー4で艦隊を編成して、島を後にした。5000トン弱の燃料はタンクに残したままだが、これは東太平洋からクェゼリンを目指している潜水艦部隊への補給に供されることになる。その潜水艦部隊が島を離れたら、完全に撤退完了。今度、島の土を踏むのはいつのことになるのだろうか。

今度は、内地に目を向けてと。
呉軍港に『長門』以下の戦艦部隊が駐留しているので、とりあえず『伊勢』『日向』を南方作戦に回し、残りの艦艇は横須賀に回航して、万一の敵機動部隊の本土来襲に備えよう。

ところで満州方面だが、ソ連軍の侵攻を抑止するだけの兵力をおいて、(機甲部隊をはじめとする)残りは中国戦線に投入のため、ハルピンに集結ののち南下。航空機については、旧式機は基本的に廃棄処分だが、旧式重爆は哨戒機として活用するので、内地や太平洋方面に回す。

さて、第1艦隊がブルネイからいよいよシンガポール沖に移動。

ふと思い立ってクアラルンプールを爆撃。
思いつきで爆撃なんかするなよ~って感じだが、これには立派な理由がある。
12月中のシンガポール占領はまず疑いのないところだが、問題はその後。陸路クアラルンプールから流れ込んでくる抗日パルチザンのために、シンガポールの治安が一向に回復しないのだ。治安が回復せんことにはセレター軍港の拡張工事もままならん。
したがって、シンガポール占領後は速やかにクアラルンプールもおとし、抗日パルチザンの侵入ルートを遮断しないといけないわけ。

Photo_24

ついでに、リンガも爆撃。停泊中のタンカーを撃沈。

  第1次リンガ爆撃戦
   日本軍参加兵力 航空機 213機 損失   4機
   連合軍参加兵力 航空機  68機 損失  32機
   4部隊/両撃破
   タンカー   連商船6号    爆撃により沈没
   タンカー   連商船7号    爆撃により沈没

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