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2006/12/10

1941年12月第4ターン

1941年12月第4ターン(10~12日)

   航空輸送艦 あきつ丸     呉にて竣工

Photo_19

陸軍所属の輸送艦である。5種類の航空機を最大13機まで搭載可能。量は少ないが、戦車・物資・兵員も積載できるスグレものである。まずは、朝鮮半島でくすぶっている97式軽戦車他の陸上兵力をインドシナ半島に輸送するのが任務になるだろう。

まだ、クチン沖でぐずぐずしていた英国東洋艦隊の残存部隊を、前ターンと同様にサンジャックからの航空機で爆撃。

  第2次クチン沖空海戦
   日本軍参加兵力 航空機 107機 損失   2機
   連合軍参加兵力 巡洋艦 3隻 小型艦 7隻
   軽巡       ダナエ         爆撃により沈没
   駆逐艦     バンパイア      爆撃により沈没
   駆逐艦     スラシアン        爆撃により沈没
   駆逐艦     エスカペイド     爆撃により沈没
   駆逐艦     サネット         爆撃により沈没
   駆逐艦     ストロングホールド  爆撃により沈没
   駆逐艦     エクスプレス      爆撃により沈没

   軽巡       ダーバン       潜水艦の雷撃により沈没
   軽巡       ドラゴン       潜水艦の雷撃により沈没
   駆逐艦     ベンデッタ      潜水艦の雷撃により沈没

これにて、英国東洋艦隊は全滅♪

第1艦隊はアパリ沖からルソン島を迂回してさらに南下、ブルネイ沖に進出した。戦艦の主砲による艦砲射撃と空母艦載機による爆撃で、防衛兵力を完全に無力化したうえで、2個大隊が上陸決行。

  第1次ブルネイ攻略戦
     日本軍参加兵力   20部隊/両 損害   0部隊/両
     連合軍参加兵力    0部隊/両 損害   0部隊/両
   ブルネイ占領

Photo_22

初の連合国根拠地攻略である。何といっても原油を採取できるのが大きい。史実では「1941年(昭和16)年12月16日に日本軍は北ボルネオ(コタキナバル)に上陸した」とあるので、史実より5日ばかり早いことになる。

こざかしくも英国の潜水隊が、ブルネイ沖に停泊中の第1艦隊に対して攻撃を仕掛けてきたが…

   潜水艦     K8           爆雷により沈没
   潜水艦     K9           爆雷により沈没
   潜水艦     K10          爆雷により沈没
   潜水艦     K7           爆雷により沈没

『白雲』以下12隻の駆逐艦からせっせと爆雷を投下して、見事に返り討ち。ざまみろ。

前後5回にわたる爆撃で、マニラの地上兵力を2個大隊(約4000人)にまで弱体化。よし、そろそろいいだろう。

  第1次マニラ攻略戦
     日本軍参加兵力  120部隊/両 損害   0部隊/両
     連合軍参加兵力    0部隊/両 損害   0部隊/両
   マニラ占領

敵部隊は抵抗することなく、バギオに撤退した模様。史実では、マニラ占領は1942(昭和17)年1月2日。これも史実よりかなり早い。

ところで、工兵部隊が駐屯している日本領根拠地では、すべて飛行場の整備・拡張を最優先させる。とにかく、航空機運用の自由度を高めておかないことには、この戦いは乗り切れない。特に漢口、プノンペンにおける拡張が急務。漢口は大陸打通作戦のため、プノンペンはビルマ方面から侵攻してくるであろう英軍を撃退するために、航空兵力の拡充が欠かせまい。

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