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2006年10月15日 (日)

山村辰雄 Vol.10

どうもこの時点で、山村は美能を土岡組に引き渡すつもりじゃったらしい。真偽のほどは定かでないが、本当だとするとちょっとねぇ…

美能氏がのちに、

「花見をしたとかの親分子分の楽しい思い出などひとつもない。いつ寝首をかかれるかわからんから、すぐに(鉄砲玉として)とばせる若者をかかえておかねばならんかった」

と述懐しているのが、真に迫って聞こえるのだ。

さて逃避行では、阿賀は無事に通り過ぎたものの、三原に着く前に拳銃を取り上げられそうになり、押し問答の末、美能氏は闇にまぎれて逃走。夜通し歩いて尾道まで脱出したあと、大西に連絡をとったという。

で、山村は山村で、(おそらく)海生逸一氏に泣きついて土岡との和解話を進めており、岡組関係者・清岡吉五郎氏と新田規志人氏の奔走で整った和解の条件は

美能氏の破門と自首

1949(昭和24)年10月11日、美能氏は清岡氏に付き添われて広島東署に出頭。その後の裁判で、土岡博襲撃の刑は懲役8年。呉駅前旅人殺しの刑12年と合わせて、合計20年の懲役刑。

「山村さん、全財産やってもええよのう」
(『悪魔のキューピー』より「呉の古老(たしか長曽我部進氏)」の言葉)

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