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2006年9月29日 (金)

山村辰雄 Vol.8

前の記事で最後に紹介した「波谷守之の山村組殴り込み」について、「実話時代」10月号の106ページに記事が掲載されとります。

んで、ページ下に写真があって、「波谷が乗り込んだ山村組長宅」とありますが、これ間違い。

山村組長宅には違いないけど、これは呉市北迫町(現在の呉市中央4丁目)にあった自宅。

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2006年9月22日 (金)

山村辰雄 Vol.7

ここから先はしばらく、できるだけ感情を排して出来事をありのままに列挙。

●1949(昭和24)年9月27日午前11時頃
広島駅前の岡道場(岡組の賭場)近くで、美能幸三が土岡博と土岡組若衆・河面清志を狙撃。弾丸は1発ずつ命中。美能は止めを刺そうとするも、拳銃が不発。周りにいた岡組関係者にも阻まれため、逃走して知り合いの家に隠れる。
土岡博と河面は、岡組関係者が病院へ運ぶ。
美能を客分として預かっていた岡組の服部武が指を詰め、呉市阿賀の土岡組へ謝罪に。

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2006年9月15日 (金)

山村辰雄 Vol.6

当時、美能氏は、凶状旅の果てに広島の岡組に草鞋を脱いどったんですよね。
で、昭和24年のある夏の夕暮れ、呉か広島かどっかの橋の上で、偶然、大西政寛や野間範男に出くわし、土岡博暗殺計画を知ることになったわけ。

翌日、美能氏は呉に帰って、今西通4丁目(現在のこのあたり↓)に移転していた山村組事務所に顔を出す。

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2006年9月10日 (日)

山村辰雄 Vol.5

ともかく、山村組入りした美能氏は、暴力派として呉の街にその名を響かせていく。

そのクライマックスが、阿賀の土岡博組長襲撃事件。

呉で勢力を伸張させようとする山村辰雄にとって、最大の障害が土岡博組長率いる土岡組。
その頃は特に角衝きあわせて対立しているわけじゃなく、土岡兄弟の長兄と山村は事業の上で兄弟分になって、何とか平和になっていたわけだけど、川原石の魚市場(山村は市場の役員の1人)における常盆や、江田島の高須海水浴場の施設整備や、呉の中心部における土岡組の道場開きなどの問題が重なって、土岡に対する山村の鬱屈は次第に募っていき、とうとう昭和24年の春ごろから山村は土岡博抹殺に動き始めた。

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2006年9月 4日 (月)

山村辰雄 Vol.4

以前から、どうも気に入らんかったブログタイトル、変えました。

で、記事のほうです(↓)。

美能幸三氏が呉駅前で旅のヤクザを射殺したのは昭和22年5月。
この事件、もともとは朝日町の遊郭で起こった山村組関係者と旅のヤクザとのイザコザが原因。
日本刀で指を切り落とされた男(朝日町の用心棒)が、美能氏の遊び仲間じゃったことから、美能氏が事件に関わっていくことになる。
詳しい経緯は、『仁義なき戦い』を読んでいただくとして、この事件をきっかけとして、美能氏は山村組入りするんよね。

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